
ブルーベリーの歴史のはじまりは1620年。ヨーロッパ大陸からアメリカに移住してきた人々が、ネイティブアメリカンの人々から分けてもらったブルーベリーの乾燥果実やシロップを食べたのがその始まりとされています。そもそも、野生種のブルーベリーは、ネイティブアメリカンの食生活には欠かせない果実で、古くからビタミン類の摂取源として生や乾燥ブルーベリーを食べていました。移住民は分けてもらった野生種のブルーベリーのおかげで、冬の厳しい寒さと飢えから生き延びることができ、アメリカではブルーベリーは「命の恩人」と呼ばれています。このことがきっかけで、野生種のブルーベリーは食用の果実として広まっていったのです。
ブルーベリーが日本に導入されたのは、1951年(昭和26年)。当時の農林省北海道農業試験場が、アメリカのマサチューセッツ州立農業試験場からハイブッシュを導入。さらに、1962年にはアメリカのジョージア州からラビットアイが導入されました。
日本にブルーベリーを広めた人物が、当時の福島県園芸試験場 場長の岩垣駛夫氏。
同氏は、1964年に東京農工大学の果樹学教授として赴任し、以来、ブルーベリーの生産開発に取り組み、多くの研究者や栽培家の育成に力を注ぎました。その功績から、彼は“ブルーベリーの父”と呼ばれるように。そして1980年後半以降、一般の種苗業者によってもブルーベリーの導入が進み、国内での栽培が盛んになっていきました。
日本での栽培は、米と畑作物中心の食生活が影響してか、比較的ゆるやかな形で広がっていきました。ハイブッシュは、導入から20年後の1971年に長野県で、ラビットアイは1968年、東京都の小平市で経済栽培がスタート。その後もゆるやかに栽培面積が増加し、全国の栽培面積が1ヘクタールになったのは、導入から25年目の1976年のことです。
急激な変化を見せたのは、1990年以降。当時の消費者の食に対する健康意識の高まりや、アントシアニン色素のもつパワーが認知され始めたことで、1992年には約183ヘクタールに栽培面積が増加。2000年には、約300ヘクタールを超え、生産量は1トン以上に達しました。2006年には面積が700ヘクタールを超え、今では北海道から沖縄まで全国で栽培が行われています。
